八、ミカドのおでまし

八、ミカドのおでまし

さて、このような話がひろまり、かぐや姫がいかに美しいか、だれもが語りあった。それはミカドの耳にも入った。

ミカドとは帝と書くが、本来は直接に名をあげては恐れ多いので、|御《ご》|所《しょ》の門を|御《み》|門《かど》と呼び、それに代えた。だから、ミカドには敬称をつけない。

ある日、ミカドは宮中に仕える女性、|中《なか》|臣《とみ》の|房《ふさ》|子《こ》に言われた。「どうやら、多くの男たちが、かぐや姫を手に入れようと、つとめたらしいな。みな、みじめな失敗に終り、なかには命を失ったのもあるとか。どのような女なのか、出かけて見てきてくれぬか」「はい、行ってまいります」

房子は、ミカドの思いももっともだと、竹取の家を訪れた。家の者たちは、宮中からのお使いとあって、かしこまって迎えた。房子は、じいさんの妻、ばあさんに言った。「よろしいか。ミカドのお望みで、やってきました。かぐや姫は世にも珍しく美しいので、見てまいれとのお言葉。わたしがうかがったのは、そのためです」

ばあさんは、頭を下げた。「しばらくお待ち下さい。本人にそのことを伝えますから」

そして、家のなかの姫に話した。「……というわけなのです。いままでの、ほかの男たちとはちがいます。ミカドのお使いなのです。早く、お会いしてさしあげなさい」「そう言われても、あたしはべつに美しいとは思っておりません。お見せするほどの顔ではありません。お会いしません」

その気になりそうにない。ばあさんは、困ってしまった。「そのようなことを申しては、なりません。ほかならぬ、ミカドのお使いなのですよ。軽くあしらっては、いけません」「かまわないでしょう。使いの者なのです。ご本人ではないのですから。かわりに見てこいと言われ、やって来た人」

きげんも悪くなり、会おうとしない。

ばあさんにすれば、ずっと育ててきたし、本当の子と思って毎日をすごしている。しかし、こうなると強くも言えない。これまでにも、せっかくのいい話を、何回もことわってきている。こんどもか。

お使いの房子のところへ戻って、ばあさんは言った。「まことに恐縮なことですが、あの子はまだ幼く、世間しらずで、分別もない。わがままな性格で、言い聞かせても、いやがるばかりなのです。申しわけありませんが」

房子も、すぐ引きさがるわけにはいかない。「かならず見て来いとの、ご命令なのです。それをせずに、ただ帰るわけにはまいりません。ミカドとは、この国で最も高い身分のかたですよ。あなたがたは、ここに住んで暮らしている。そこをお考え下さい」

声を強め、説得の意味をこめて言った。それは、かぐや姫の耳に入った。力ずくのようなのが気に入らないらしく、こう答えた。「むりにでも引き出したいのなら、殺してからなさったらいいでしょう」

どうにもならない。これ以上いくら話しても、むだなようだ。あまり、こじらせたくもない。

房子は引きあげ、ミカドにそのいきさつを報告した。ミカドはうなずく。「そうか。かなりのわがままだな。そのため、命を失う者が出たりしたのか。そういう女が、いたとはな」

それで、いちおうことがすんだ。

しかし、ミカドは、気になってならない。ひとり、つぶやいたりする。「会いませんの返事で終りでは、すっきりしないし、こちらの立場もない。なにか手をつくしてみよう」

そこで、竹取りじいさんを呼び出して、こう告げた。「おまえの家にいるかぐや姫を、ここへよこしなさい。そば|仕《づか》えをさせたい。かなりの美しさと聞いたので、使いの者を行かせたが、会ってくれなかった。どうも、すなおでないな。どんな育て方をしたのか」

じいさん、頭をさげて申し上げた。「育てはしましたが、実の姫ではないので、ゆきとどかない点はお許しを。あれには宮仕えのような、行儀作法にしばられたことなど、できっこありません。あつかいにくい性質です。しかし、せっかくのお話。帰って、あらためて言いつけてみましょう」

その答えに、ミカドは期待をかけて言った。「よろしくたのむ。姫は、おまえとは長く暮していて、親子のようなものではないか。宮仕えといっても、わたしのそばにいてくれるだけでいいのだ。そうなれば、おまえに五位の|位《くらい》を与えよう。約束する」

その身分になれば、宮中へ自由に出入りできる。じいさんは、喜んで家に帰り、かぐや姫にわけを話した。「これほどまでに、ミカドはおっしゃられたのだ。宮仕えしてもいいのではないか。ありがたいお言葉と思うが」

姫の答えは、これまでと同じ。「そのようなことをする気には、どうしてもなりません。いやなのです。むりにでもさせたいのなら、夜逃げをして、姿をかくしてしまいますよ。それほど位がほしいのでしたら、わたしは宮中へあがり、そのあと、死ぬか消えるかいたしましょう」

それを聞いて、じいさんは驚いた。「なんということを。わが子に死なれてまで、位や官職をもらおうなど、思ってはいない。しかし、なあ、宮仕えとは、死よりもつらいような仕事ではないのだよ。なりたがる女も多いのだ。わたしには、そこがよくわからんのだ」

じいさん、しきりに首をかしげる。姫は言った。「これまで、いろいろなことがあったでしょう。わたしは、男のかたに仕えるのが、いやなのです。たくさんの財産を使ったり、命を落とされたかたもいました。それでも、わたしはお断わりしました。おわかりでしょう」「そうだなあ」「このお話は、ついこのあいだはじまったばかり。ほかのかたがたには、何年もの年月をお待たせした上でです。ミカドだから、はい、すぐにでは、ほかのかたがお気の毒ですし、みっともないと思われます。うそではありません。死ぬか消えるかになってしまいますから」「それなりに考えた上でのようだな。これからミカドにお会いし、宮仕えの件はその気になれないとお伝えしてこよう。おまえに死なれては、なにがどうなろうと、これほどの悲しみはない」

竹取りじいさん、出かけていってミカドに申し上げた。「どうも、たび重なる失礼をお許し下さい。ミカドのお心のありがたいこと、いやな仕事ではないことを、くわしく説明したのですが、あの子の気を変えさせることはできませんでした。力ずくなら、死ぬの消えるのとまで言います。わたしが育てはしましたが、もとは竹林のなかでみつけたのです。どこか普通の人と、感じ方がちがっているようで、あつかいにくいのです。申しわけありません」

ミカドも、それ以上はむりと思った。「やむをえないな。宮仕えさせるのは、あきらめよう。そうだ。そういえば、おまえの家は山のふもとのあたりだったな。わたしが狩りに出かけ、そのついでに立ち寄ってみようか。そうすれば、顔を見ることもできるだろう。せめて、それぐらいは手伝ってくれないか」

そのたのみには、じいさんも断われない。「いいお考えですね。それでしたら、お力になりましょう。あの子が気をゆるめて、のんびりしている時に、ふいにお立ち寄りになれば、ごらんになれましょう」

いつにしたらいいかを打ち合せ、ミカドはお供を連れて、狩りに出かけられた。お供の人たちも、なぜ急にと、ふしぎがった。

家に近づくと、じいさんが出迎え、ミカドをそっとなかへ案内した。そこには、きよらかで美しい人がすわっている。あたりには光がただよい、この世の人とは思えない。

かぐや姫に、ちがいない。

そばへ寄ろうとすると、奥へかくれようとする。着物のそでをつかもうとしたが、姫はたもとで顔をかくしてしまい、はじに手が触れただけ。

顔をかくしたが、ミカドはさきほど、気づかれずに見ている。忘れようもないほど美しい。そでを、もう一方の手でつかむ。「逃げないでくれ」

引き寄せようとすると、かぐや姫はお答えした。「この、わたくしのからだが、この国に生れたものでしたら、ミカドのために、どのようなことでもいたしましょう。それが、ちがうのでございます。なんとかして連れていこうとなさっても、そうはいかないと思います」「そんなことは、ありえない。いま、ここにいるではないか。この手で、そでをつかんでもいる」

ミカドはお供の者たちに声をかけ、|輿《こし》という乗り物を、こちらに持ってくるよう命じた。その上に、移せばいいのだ。

そのとたん、かぐや姫は影のように消えてしまった。手のなかのそでも、見えなくなった。けはいは感じられるのだが。「こうなってしまうとは、思ってもみなかった。せっかく、手にしたのに。普通の人間とは、ちがうのだな。じいさんから、それは何回も聞かされていたが……」

ミカドはつぶやき、立ちつづけた。姫は近くにいるようだし、立ち去る気にもなれない。たのみこむ口調で呼びかけた。「わかった。もう、連れていこうとは言わない。しかし、このまま別れるのも、心残りだ。もう一回、もとの姿になって下さい。その上で帰りましょう」

かぐや姫は、ふたたび現われた。たもとでかくしているが、顔つきはよくおぼえている。この上なく美しい女性が、ここにこうしているのになあ。ミカドであっても、できないこともあるとは。

あきらめねばならないようだ。だまってうなずくと、姫は奥へと入っていった。ミカドは、じいさんに言った。「なんとか、会うことだけはできた。これも、おまえのおかげだ。いろいろと、手数をかけてしまった。礼を言う」「まことに、行きとどきませんで。おわかりいただけましたでしょう。せっかくのお出ましです。お供のかたたちに、食事やお酒をさしあげましょう。ミカドも、ごゆっくり」

ひそかなお出かけとはいえ、ミカドともなると、おそばの人や警備の人など、目立たぬよう従ってきた人数も多い。じいさんとすれば、姫のおかげで豊かになったわけでもあり、姫に代ってのもてなしのつもりだった。

それも終り、ミカドも帰途につかれた。かぐや姫を残したままとは、残念でならない。魂を残して行くようだ。乗っている輿の上で、和歌を作った。[#ここから1字下げ]

帰るさの|行幸《みゆき》もの憂く思ほえて[#ここから3字下げ]

そむきてとまるかぐや姫ゆゑ[#ここで字下げ終わり]

姫の心がわたしに背をむけたので、わたしのからだは、そちらに背をむけて帰らなければならない。きょうの訪れは、心残りの結果となってしまった。

それをとどけさせると、姫からのご返事の歌があった。[#ここから1字下げ]

|葎《むぐら》はふ|下《した》にも年は|経《へ》ぬる身の[#ここから3字下げ]

なにかは玉の|台《うてな》をも見む[#ここで字下げ終わり]

むぐらとは、つる草のこと。そんなものにかこまれた家で、年月をすごしてきた、身分の低い者でございます。玉のように貴いお家柄のかたとは、つりあいません。

ごらんになったミカドは、頭がからになった気分だった。戻りたいけれど、姫の心はこの歌ではっきりしている。もの思いにふけって、ここで一夜をすごしたいが、何十人ものお供がいるのだ。宮中に帰らなければならない。

それからは、ミカドにとって、つまらない日々がつづいた。おそばにいる女性たちは、えらびぬいた美しさの持ち主のはずだ。そう思ってもいたのだ。

しかし、かぐや姫を見たあととなっては、どうしても、くらべてしまう。そして、ここは気の沈む場所ということになる。

お|后《きさき》や女官たちの部屋へ出かける気にもならない。ひとりで、ぼんやりと日をすごす。折にふれ、姫に手紙をお書きになる。それは心のこもった文だった。

かぐや姫のほうも、それに対し、感情を文にしたご返事をさしあげた。木や草の、四季の変化の眺めなどを和歌にしたりして、手紙のやりとりがつづいた。

さて、ひと息。

ついにミカドのお出ましとは。かぐや姫も、いままでの男たちとは、ちがった応対をすることになる。

現代の読者だと、五人の男をふみ台として、貴いミカドに近づいたと受け取るかもしれない。この作者としても、それも計算に入れてはいたろう。

しかし、じいさんとの打ち合せにより、ミカドは姫の顔をまともに見ることができた。姫にすれば、顔を見られてしまったのだ。瞬間的とはいえ、視線が合った。

当時として、これは心を動かす大きな原因になったようだ。会っていなければ、どんなにも警戒的になれるし、冷たいあしらいもできる。

一目でも会ってしまうと、死ぬの消えるのとの強硬さも、調子が下る。そのあたりを考え、ミカドはじいさんの協力で、ほかの男とちがう立場に立てた。

あるいは、ミカドは好ましいかただったのかもしれない。いやしくも国をおさめる身だから、人徳もお持ちだったろう。これだけ思いがつのれば、部下の兵を動かせた。

しかし、権力も使わず、ミカドとしての地位もわきまえ、おとなしく宮中へ戻った。かぐや姫も、そこに同情したのだろう。

それにしても、かぐや姫は、まだなにが不満なのだろう。

そう思わせるところが、この物語の作者の巧妙なところ。まさかという人物まで、登場させてしまった。ここまできたら、読む側もあとをあきらめる気にはならない。

これから、どうなるのだろう。ミカドが着物のそでを手にした時、姫は姿を消し、願うと、また現れた。場所を自由に移動できるのだろうか。そうらしい。そうでなかったら、そもそもの最初、竹の|節《ふし》のなかにいたのが変だものね。

なにかが起りそうな感じが、ただよっている。はたして。